親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
29回目のゲストは、山岳写真家である市川恭平さん。作品づくりの大切な拠点であるワークスペースは、自然光が差し込む「白亜の空間」でした。過酷な山行から創作へ、心をシームレスに切り替えるお部屋へのこだわりを紐解きます。
山との対峙はここから始まる。創作を支える機能と余白
―山岳写真家と聞くと、山で撮影している時間が多いのかなと想像します。市川さんの働き方はいかがですか。
実は室内作業の方が多くて、仕事時間の7割ほどを占めます。その理由は、作品づくりに時間をかけていることがまずひとつ。僕の中では、観る人に作品を届けるところまでが作品づくりです。プリントや額装も自分で行い、展示まで含めて一つの流れだと考えています。
ほかにもYouTubeやブログ、SNSで山の魅力を発信するのも大切な仕事の一つ。最近はアウトドアメーカーさんから撮影やデザインの依頼もいただくので、この部屋で過ごす時間が長くなりました。手を動かすだけじゃなく、“考える仕事”もありますからね。

山岳写真家・市川恭平さん
―考える仕事、ですか?
たとえば「次はどの山を、どんなルートで登ろうか」とプランを立てたり、撮影した写真を見ながら現像の方向性や、動画素材を見ながら編集の構成を考えたりしています。考えるときや休憩のときは、チェアのリクライニングの固定を解除して、ゆりかごみたいにふわふわ揺らしながら物思いにふけります。そんな「余白」が、僕の作品づくりには必要です。

コンテッサ セコンダのリクライニング機能をフル活用
―心を整える時間を意図的に作っているのですか?
そうですね。過酷な自然と向き合うためには、やっぱりメンタルコントロールが必要です。山を登るときは何より自分自身に克たなきゃいけない。だから、普段から心を整える時間は大切にしています。
白を基調とした作業空間にしたのは、明るい場所で過ごすことで気持ちも前向きになり、仕事や活動へのモチベーションを保ちやすいかなと思ったからです。
一方で、写真の編集環境では、外光や周囲の色が見え方に影響するため、壁をニュートラルなグレーにする考え方があります。気持ちよく過ごせる白基調の空間を選んだこととは、少し矛盾していますよね。
僕の場合、色を細かく確認する作業は、外光の影響を受けにくい夜に行い、部屋の照明にも配慮することで、作業の効率性と正確性を確保しています。二兎を追った形ではありますが、現像環境としてもなんとか成立しているかなと。夜は静かに作業に集中できて、結構しっくりきています。

白壁が美しい市川さんのワークスペース
美しい景色の前提にある「畏れ」を写す
―市川さんの撮る山の写真は、「きれいな絶景」という言葉だけでは片付けられない、どこか息をのむような緊張感が漂っています。
正直なところ、少し前までは、きれいなシーンを意識していた部分もあります。もともと星空の撮影が好きで山に登り始めたこともあって。でもいろんな山に登るうち、美しい一面だけを伝え続けることに違和感を覚えるようになり、今では写真家として無責任かもしれないと感じています。
いまでもぼくは登山口に立つたび、「本当に登れるのかな」という不安が先に立ちます。忘れ物はないか。天気は大丈夫か。小さなものから大きなものまで、グラデーションのような恐怖に見舞われるんです。
それだけ山って、ちゃんと怖い。でも僕が作品の中で向き合いたいのは、単純な「怖い」ではありません。風や雨、雪、霧、暗闇。穏やかだった景色が一変し、人の力ではどうにもできない自然の大きさを突きつけられることがあります。
そこに感じる恐怖や、自然の大きさに圧倒される感覚だけでなく、山への敬意まで含めて、僕は漢字で「畏れ」と表しています。たとえ写真が評価されたとしても、それは撮影者の力だけで生まれたものではなく、山そのものが持つ美しさや力があってこそです。自然の前で自分の力を過信しないことも、その「畏れ」の一部なんだと思います。
僕にとって、山の美しさと畏れは同じ自然の中に存在し、切り離すことのできないものです。そうした不安や恐怖を抱えながら進んだ先に出会う景色だからこそ、人は山に本当の美しさを感じるんじゃないですかね。その「畏れ」も大切にしながら、作品にしたためています。
―山に対するリスペクトが伝わります。過酷な撮影を続けるためには、体づくりも大事ですよね?
やっぱり身体は資本だと思っています。ぼくが主なフィールドとしているのは、北アルプスや八ヶ岳などです。標高2,000〜3,000メートル級の山で長時間行動することも多いので、日ごろのトレーニングが欠かせません。
登山仲間の皆さんも身体に気をつけていますが、年々「膝が悪くなった」とか「腰を痛めた」と聞くことが増えています。山で肉体を酷使した上で、自宅で長時間座り続ける生活をしていたら、いつか自分も体を壊さないか……そういう不安とはいつも隣り合わせです。
—身体の不調は写真家生命を揺るがしかねない不安要素ですよね……。
本当にそうです。だからこそ毎日座る椅子は、一生使うつもりでコンテッサ セコンダを選びました。山に長く登り続けるための「予防投資」と考えて。多少奮発してでも良いものを買うぞ……と決めたものの、実際には勇気のいる買い物でしたね(笑)。
WebやYouTubeなどで評判や特徴を調べて、有名なワークチェアをいくつも座り比べました。オカムラさんのショールームだけでも、たしか3~4回は伺ったと思います。

コンテッサ セコンダ
―では、椅子にかなりお詳しいのでは(笑)。たくさん比較した中で、コンテッサ セコンダのどんな点が響いたのか気になります。
決め手は、自分の体に一番フィットしたことです。人って座りながら足を崩したり、お尻をもぞもぞと動かしたりしますよね。そうした無造作な動きもコンテッサ セコンダが構造的に吸収してくれるみたいです。椅子一つでこんなに違うんですね。また、肘の先端にあるレバーで、リクライニングの固定・解除や角度、座面の高さや位置を操作できるスマートオペレーションにも助けられています。

鮮やかなセージ色も気に入りました。珍しい色ですよね。部屋に入った瞬間にパッと目に入り、気持ちをプラスに引っ張ってくれる色。山から帰って疲れているときも、「よし、仕事するか!」とスイッチが入ります。動画を撮るときは背景のワンポイントにもなりますし、この色のお陰でいろんな作業に前向きになれました。
―先ほどから市川さんのお膝の上で丸まっているワンちゃんもすごく可愛いです……!

市川さんの膝の上に乗るライカちゃん。いつも市川さんのそばにいるのだそう
「ライカ」といいます。3歳になるチワワの男の子で、ほとんど吠えることもありません。僕がこの部屋にいるときは、いつも膝の上に乗っているか、すみっこで丸くなっています。
ライカという名前は、妻が憧れていたカメラブランドにちなんでいます。この子と過ごせる時間は限られているからこそ、一緒にいる日々を大切にしたいと思っています。いつもそばにいてくれる、大切な存在です。
プロセスそのものを愛でる。終わりのない登山道
―ご家族みんなカメラがお好きなんですね。撮影機材に対する市川さんのこだわりも知りたくなりました。
ぼくが作品撮りで使っているカメラは、シグマさんの「sd Quattro H」です。このカメラで撮られた写真を見たときに、一瞬で惹かれました。小学生のときに図書館で見つけた図鑑のようで。どこか懐かしさがありながら、実物に近い質感や色合いで、自分の求める表現に合っていると感じたんです。
ただ、現在は生産が終了していて、故障すると修理できない可能性もあります。そのため、予備として「sd Quattro H」と「sd Quattro」を1台ずつ確保しています。
―それはすごい! このカメラだからこそ表現できるものがあるのですね。
最近のカメラは、さまざまな場面をきれいに写せます。AIを使えば、雨の背景を晴れに変えることさえできる。それ自体はすごいことだと思いますが。そこまで手を加えると、僕にとっては作りこまれた「画像」であって、「写真」とは別のものになります。
僕が残したいのは、ありのままの山に触れて、そのとき自分が感じたものを閉じ込めた作品です。写真を現像するときも、明るさや色などを編集しながら、自分の記憶の中にある「実際に見た景色」に近づけるようにしています。

―横に置かれた招き猫も何かの縁起を担いでいますか?
あ、その金色の招き猫ですね。ご縁というより、かなり素直に商売繁盛です。写真を続けていくためにも、まずは仕事がうまくいくようにと置いています。
―棚の上のプリンターもプロフェッショナルな佇まいです。
エプソンさんの写真専用プリンターですね。選んだ理由の一つに、エプソンの本社が長野県にあるからというのもあって。僕自身、普段から長野の山々にめちゃくちゃお世話になっていますし、できるだけ日本のメーカーの製品を選びたいという思いもありました。

―ほかに欠かせない愛用品がありましたら教えてください。
この左側のモニターは欠かせないですね。BenQというメーカーのカラーマネジメントモニターを使っています。写真を扱ううえで、色はとても大切な要素です。今はいろんな画面で気軽に写真を見られて便利な反面、見る環境や端末によって写真の色の見え方が変わってしまいます。だからこそ、自分の中で基準となるモニターで現像し、現場で見た色に近づけるようにしています。

左側がBENQのカラーマネジメントモニター。右側のモニターでさまざまな作業を行い、左側で写真の色を確認しながら現像する
―市川さんの追い求めている“最高の一枚”とは?
うーん、今の段階では、まだはっきりと掴めてはいません。山の中で目にした景色を自分なりに「これがいい」と感じてシャッターを切り、そのとき心に残ったものまで一枚の作品に込められたなら、それが自分にとっての「最高の一枚」なのかな、とは思っています。

―最高の一枚を目指して登り続ける。市川さんの写真への向き合い方が表れているようです。
そもそも、撮影自体が山登りみたいなものだと思います。大変な局面もあり、思い通りに撮れないことも多い。それでも「いつかは最高の一枚にたどり着く」と信じて、うまくいかないときも含めて積み重ねていくことが大事なのかな、と思っています。ある意味、山頂の見えない「終わりのない登山道」とでも呼べそうですが。
山から戻れば、重い装備を担いだ身体はもちろん疲れています。それでも、この部屋に帰ってコンテッサ セコンダに座ると、次の山について考えてしまう。あんなにしんどかったのに。たぶん、山ってそういうものなんです。今後もここから、観る人の心に届く作品を、丁寧に生み出していきたいです。

市川恭平
山岳写真家
静岡県出身。2015年頃より活動を始め、日本の高山・連峰を撮影しながら作品制作を行う。撮影後のデジタル現像・プリント・額装・展示までを自ら行うほか、商品撮影やWebデザイン、パッケージデザインなども広く手がける。現在は静岡県東部を拠点に活動している。
取材・執筆:菅原岬 撮影:篠原豪太 編集:桒田萌(ノオト)
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